仙台高等裁判所 昭和31年(う)494号 判決
しかし、原判示各麻薬譲渡しの事実は、原判決挙示の証拠によりこれを肯認し得るのであつて、原判決には所論のような採証法則違背や証拠の価値判断を誤つた違法なく、記録を精査しても原判決の事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。
論旨は、譲受人たる原審証人寒河江静江の証言を真実とすれば、同女が被告人から原判示二回に亘り麻薬の疑を容れる余地のある或る種の薬品様の物件の交付を受けたことは認められるとしても、その物件が麻薬であることの証明は何等なく、原判決がその唯一の物的証拠として援用している鑑定書の鑑定の対象は、寒河江が被告人以外の田中ゆり子から十数回に亘り交付を受けた薬品のうちの恐らくはその最後のものであつて、被告人が寒河江に交付したものとは何等の関連性なく、これを以て同一の物件なりとなすが如きは実験則に反する旨主張する。
しかし、麻薬取締法にいう麻薬であるか何うかの認定は、必ずしも常に直接その物に対する分析等の科学的鑑定方法による必要はなく、その物が麻薬であることの心証が構成し得られ、その心証判断が合理的と認められる限り、関係者の供述やその物と同じ内容のものを含有すると認められる物に対する鑑定等を資料として、裁判官の自由心証により麻薬と認定しても差支ないものと解するのが相当である。本件において、関係者の供述によれば、被告人が寒河江静江に譲渡した本件薬品はいわゆるヘロインであることが認められ、いわゆるヘロインとはジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有する麻薬を指称するものであることは社会通念上明かであり、更に右本件薬品と同じ内容のものを含有すると認められる薬品に対する鑑定によれば、ジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有する麻薬であることが認められるのであつて、以上を総合すれば、被告人が寒河江静江に譲渡した本件薬品はジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有する麻薬であることを肯認し得るのである。即ち、
(1) 佐藤正雄の検察官に対する各供述調書によれば、佐藤正雄は薬品のブローカーをして昭和二十五、六年頃山形市の山岸小児科医院に薬品を納入しているうち、同医院で麻薬を施用しているようであつた寒河江静江と顔知りになつたが、昭和二十七年頃から寒河江のやつている旅館にも泊るようになつて親しくなり、昭和二十九年以前からの麻薬中毒が治らないらしく、同女から麻薬の世話を頼まれた旨、昭和二十九年六月頃楯岡町のパチンコに出入りしているうち同店のボスらしい田中豊作(被告人の日本名)と知合い、同年九月中旬頃豊作からこういう薬(ペイと言つたことは間違ないと思う)があるが、何処か向く所はないかと言われたので、寒河江に世話してやろうと思い、確かなものかと聞くと、間違ないもので一包六千円とのことだつたので、豊作を伴つて山形市の福祉会館食堂へ行き、帳場で寒河江の意向を聞いてから、豊作から一包を受取つて来て帳場へ行き寒河江に渡すと、同女は部屋の隅で包を拡げ、蒸溜水に溶かして注射したが、その中味は白つぽい粉でふわふわしており、耳かきで二、三杯程度であり、それを見て塩モと思つた旨、それから寒河江が食堂に出て来たので豊作を紹介し、二人で話があることと思つて席を外し、豊作より先に食堂を出たが、その後は豊作に会つていない旨供述しており、
(2) 裁判官の寒河江静江に対する尋問調書及び寒河江静江の検察官に対する昭和三十一年三月十日附供述調書(因みに、原判決は寒河江の検察官に対する同年同月十三日附供述調書をも援用しているけれども、同供述調書の供述内容は原審証人寒河江静江の供述内容と全然別個の事項についてであつて、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の書面としての証拠能力はないものというべきであるが、右供述調書を除外した爾余の原判決挙示の証拠により原判示事実を認め得られ、かつ右供述調書が原審認定を左右したものとは認められないから、右の違法は未だ原判決破棄の理由とはならない)によれば、寒河江静江は被告人から昭和二十九年十一月初頃と十二月二十日頃の二回に、後になつてそれは麻薬だと判つたが、一包に耳かきで三、四杯位入つている白色の粉の薬の入つているもの二包を一包五千円で買つた旨、寒河江が被告人を知るようになつたのは佐藤正雄に紹介されたもので、寒河江は十数年前から胆嚢を病んで医者から麻薬の注射など受けていたが、昭和二十九年五月頃丁度病んでいる時佐藤が来合わせて事情を聞き、アンプル入注射液を持つてきて注射してくれると痛みが治つたが、その際佐藤から、楯岡で肥料商をやつている田中豊作という朝鮮人のことを話されてその電話番号も教えられ、その翌日頃佐藤が田中豊作(被告人)を連れて寒河江方へ来て紹介したものである旨、同年十月か十一月頃寒河江が神町附近でバスの中で被告人と会つた際山形に来た時には寄るよう言うと、二、三日後被告人が寒河江方に来て福祉会館講堂で被告人から薬一包五千円で買つた旨、その薬は白い粉でこれをほんの僅か胃散に混ぜて飲むと医者から麻寒を注射して貰つた時のような反応はないが、いつしか自然に痛みが治つた旨、その後同年十二月に被告人から同人の寒河江がやつている食堂の飲食費一万二千円位の一部として天童で薬一包五千円の割で受取つた旨、その際寒河江は被告人からその妻田中ゆり子の家を教えられ、「自分とゆり子は同じだから、今度薬がいる時はゆり子から持つて行つてくれ」と言われたが、翌三十年一月頃被告人がゆり子を連れて寒河江方に来て紹介した旨、その後寒河江がゆり子方へ行つて飲食費を請求した時、金に薬一包の代りを寄越したので受取り、その後も昭和三十一年一月頃まで十一、二回ゆり子から薬を一包五千円の割で飲食費の代りとして買つた旨、被告人から譲受けた薬は胃散に混ぜて飲むと、医者に麻薬を注射して貰つた時のようには効かないが、痛みがなんとなく自然にホヤラツと治り、その効き目の出てくるのが麻薬特有のものであつた旨、被告人から譲受けた薬はゆり子から買つた薬より気のせいか知れないが幾分弱いような気がしたが、被告人から譲受けた薬も麻薬に間違いないと思つている旨、ゆり子から買つた薬の一部を警察に差押えられた旨供述しており
(3) 田中正男こと黄致烈(被告人の息子)の検察官に対する供述調書によれば、昭和二十九年十一月頃被告人である父豊作が川崎市の自分方に訪ねて来たが留守で会わなかつたところ、十二月初頃と記憶するが、また自分方に来て「田村に頼んだものがあるから聞いておいてくれ」と言われ、田村方へ行くと同人は警察へ連れて行かれたとかであつたが、父の用件は柳在兄が知つているということで、柳から麻薬二袋、その分量は普通の頓服三包分位を渡され、代金一万七、八千円位ということであつた旨、帰宅して父に渡すと、中味を銀紙に少し取つて燐寸で焼いてみたりして大してよいものではないがまあいいと言つて、代金の金を寄越した旨供述しており
(4) 田中ゆり子こと朴順伊(被告人の妻)の検察官に対する供述調書(謄本)によれば、田中ゆり子が麻薬のヘロインを手に入れたのは三回で、何れも田中豊作の息子正男から、一回目は一昨年(昭和二十九年)十二月頃ゆり子の自宅でヘロイン七包を、二回目は昨年八月頃上野駅で五包を、三回目は昨年十月頃ゆり子の自宅で五包を買受け、それは全部寒河江静江一人に売つた旨、一昨年(昭和二十九年)十月頃被告人と福祉会館に行つた時寒河江に会つたが、数日後寒河江は天童のゆり子宅へ来て、茶の間で被告人のそばへ坐つて話した時、被告人は寒河江に対しヘロインのことを聞いてみてやる、出たら数えてやると言つた旨、ゆり子も寒河江に同情して、ヘロインのことを聞いてみてやると言い、斯様に寒決江がヘロインの話でゆり子方に来たことは間違ない旨、寒河江が帰つてからゆり子が被告人に対し貴方が売つては危いから私が売つてやるというと、被告人は俺は関係しないからお前が売つて儲けたらよかろうという話だつた旨、その後寒河江は二、三回ゆり子方へ来たり、電話で呼出して来たりしたが、同年十二月頃になつて、被告人の息子正男がゆり子方へヘイロンを持つて来たので、楯岡の被告人の所へ電話すると、被告人は買つて売るも売らぬもお前の気持だべとのことであつたので、ゆり子はそれを寒河江に売つて儲けようという気持になり、正男から七包を七千円だかで買つたが、一包の分量は耳かきで十杯か十一杯位であつて、それから更に初めに述べたように二回買つて、これらのヘイロンは全部寒河江に売つた旨供述しており
(5) 司法警察員藤田優作成の捜索差押調書(謄本)、山形警察署長の鑑定嘱託書(謄本)、警察技師大沼寿生同小佐妻恒夫作成の鑑定書に徴すれば、昭和三十一年二月七日寒河江静江方から差押えられた白色粉末二包はジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有するものであることが認められる。
以上を総合すれば、寒河江静江は胆嚢を病んで医師に麻薬を注射して貰つたりしていたが、昭和二十九年六月頃佐藤正雄の紹介で被告人からペイを譲受けて注射したこと、その後被告人から原判示の如く二回薬品を譲受けたこと、当時寒河江が被告人の妻田中ゆり子方へ行つてヘロインの入手方を頼み、被告人はこれを承諾したこと、その頃被告人の息子田中正男が被告人に麻薬二包を渡したこと、同年十二月頃被告人は寒河江に対し、自分とゆり子は同じだから今度薬が要る時はゆり子から持つて行つてくれと言つたこと、ゆり子は同年十二月頃七包、昭和三十年八月頃五包、同年十月頃五包のヘロインを正男から譲受けて、これを全部昭和三十一年一月頃までに十一、二回に亘つて寒河江に売つたこと、寒河江が被告人から譲受けた薬を胃散に混ぜて飲むと、医者に麻薬を注射して貰つた時のようには効かなかつたが、痛みがなんとなく自然にホヤラツと治り、その効き目の出てくるのは麻薬特有のものであつたこと、寒河江は被告人から譲受けた薬はゆり子から譲受けた薬より気のせいか幾分弱いようにも感じたが、被告人から譲受けたものも麻薬に間違ないと思つていること、寒河江がゆり子から譲受けたヘイロンはその一部を鑑定の結果ジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有するものであること、以上の各事実が肯認される。即ち、被告人が寒河江に原判示の如く二回に譲渡した薬品はいわゆるヘロインであることが関係者の供述により認められ、いわゆるヘロインとはジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有する麻薬を指称するものであることが社会通念上明かであるのみでなく、被告人が寒河江に譲渡した薬品と被告人の妻田中ゆり子が寒河江に譲渡した薬品とは同じ内容のものを含有する(その含有量の多寡は別として)と認められること、ゆり子が寒河江に譲渡した薬品はいわゆるヘロインであり、その一部を鑑定した結果ジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有していることが認められるのであつて、従つて、被告人が寒河江に原判示の如く譲渡した薬品はジアセチルモルヒネ塩酸塩を含有するヘロインと称される麻薬であることを肯認し得るのであり、所論原審証人寒河江静江の証言中所論部分を以ては何等原審認定を妨げるものではなく、そして記録を精査しても被告人が寒河江に譲渡した薬品が麻薬でないと疑うべき特別の事情は見出されないのであるから、原審の心証判断を以て所論のように実験則違背の不法あるものとはいい得ない。
されば、原判決には所論のような採証法則違反の違法や事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)